ことわざ / 諺
縁なき衆生は度し難し
仏様でも縁のない人は救えないということで、いくら助言しても聞き入れない人を助けるのは不可能であること。
縁のない衆生は救うことが難しい
要点
仏様でも縁のない人は救えないということで、いくら助言しても聞き入れない人を助けるのは不可能であること。
- 直訳イメージ
- 縁のない衆生は救うことが難しい
- 使い方
- 何度も忠告したにもかかわらず無視された際や、相手との信頼関係がないために助言を受け入れてもらえない状況で、諦めの気持ちを込めて使われます。
意味
仏教の教えに由来する言葉で、縁や受け入れる心が欠けている者は、仏の力をもってしても救えないことを示しています。本人が聞く耳を持たなかったり、態度を改める気がなかったりする場合、いくら助言や援助をしても無駄であることを表す際に用いられます。
直訳イメージ
縁のない衆生は救うことが難しい
使い方
何度も忠告したにもかかわらず無視された際や、相手との信頼関係がないために助言を受け入れてもらえない状況で、諦めの気持ちを込めて使われます。
ニュアンス
これ以上努力しても無駄であるという、冷徹な判断や諦念のニュアンスを含みます。
例文
いくら忠告しても聞かない彼を見て、上司は「縁なき衆生は度し難し」とため息をついた。
学習メモ
重要語彙
「衆生」といった仏教用語や、助動詞「なし」の連体形「なき」、接尾語「がたし」といった、日常会話ではほとんど使われない古風な文法が用いられています。
縁
えん / en
縁、ゆかり、因縁
衆生
しゅじょう / shujo
命あるものすべて、人間をはじめとする生物
度し難い
どしがたい / doshigatai
救いがたい、納得させることができない
使い方の特徴
使い方メモ: 突き放したような諦めの表現であるため、本人に直接使うと、見下しているような印象を与える恐れがあります。
誤解しやすい点
物理的な救助には使いません。助言や導きを受け入れる精神的な準備ができていないことを指します。
検索できる表記
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由来
仏教用語に由来し、「衆生」はすべての生きもの、「度す」は仏が人々を迷いから救い、悟りの境地に導くことを意味します。仏様であっても「仏縁」(仏教との縁)のない者は救うことができないという教えから生まれた言葉です。
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