ことわざ / 諺
挨拶は時の氏神
争い事やもめ事の仲裁に入ってくれる人は、非常にありがたい存在であるということ。
仲裁(挨拶)は、その時の氏神である。
要点
争い事やもめ事の仲裁に入ってくれる人は、非常にありがたい存在であるということ。
- 直訳イメージ
- 仲裁(挨拶)は、その時の氏神である。
- 使い方
- 仲裁に入って円満に解決してくれた人への感謝や、その存在の大きさを称える際に使われます。目上の人などが穏やかに割って入ることで争いが収まった場合などに適しています。
意味
喧嘩の仲裁をしてくれる人は、その場に現れた守り神(氏神)のように、当事者にとって救いの手となる存在であることを説いたことわざです。緊迫した状況を収めてくれる第三者の介入のありがたさを強調しています。
直訳イメージ
仲裁(挨拶)は、その時の氏神である。
使い方
仲裁に入って円満に解決してくれた人への感謝や、その存在の大きさを称える際に使われます。目上の人などが穏やかに割って入ることで争いが収まった場合などに適しています。
ニュアンス
感謝と敬意が込められており、文学的、あるいは改まった表現です。
例文
口論が始まりかけた二人の間に、先輩が穏やかに割って入って場を収めてくれた。まさに挨拶は時の氏神だ。
学習メモ
重要語彙
「挨拶」という言葉を、現代の「挨拶」の意味ではなく、歴史的な「仲裁」の意味で用いています。また、「氏神」という特定の用語の知識も必要です。
挨拶
あいさつ / aisatsu
仲裁、間に入ること(歴史的意味)
時の
ときの / toki no
その時の、時宜にかなった
氏神
うじがみ / ujigami
その土地や一族の守り神
使い方の特徴
使い方メモ: ここでの「挨拶」は「こんにちは」や「さようなら」などの挨拶のことではなく、仲裁に入ることを指します。
誤解しやすい点
毎日の挨拶の大切さを説いたものだと勘違いしがちですが、実際には第三者による仲裁のありがたさを説いたものです。
検索できる表記
由来
「挨拶(あいさつ)」という言葉は、もともと禅宗の用語で、師匠と弟子が対話によって悟りの深さを試すことを指していました。そこから転じて「仲裁」や「間に入ること」を意味するようになりました。「氏神(うじがみ)」は、その土地や一族を守る神様のことです。争い事を仲裁してくれる人を、危機的な状況に現れるありがたい守り神にたとえたのがこのことわざです。
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